えとおと。

デザイナーになりたい三味線弾き!

なぜ津軽三味線を弾くのか



本当は、自分の浅い浅〜い知識と思考がバレるので、自分語りとかはしたくないんだけど。。

見栄張ってもね。というわけで、



どうして、数ある楽器の中で

   津軽三味線  を弾いてるのか。


自分の再発見?のために、書いてみようと思います。



と言っても、シンプルなのですが。

元々父親が、民謡と津軽三味線の教室をしていたので、私にとっては、一番身近な楽器だったわけです。


子どもの頃は、高級だからと触らせてもらえず、中学生の頃に少し触ったものの、ハマる程ではありませんでした。


そのまま高校を卒業し、家を出て福岡へ行ったので、しばらく三味線からも距離を置くことになりました。


津軽三味線の世界へ再び足を踏み入れたきっかけは、今をときめく、 上妻宏光さん の 津軽じょんがら節 の動画を見たからです。

たまたまYouTubeで見ただけですし、津軽三味線にハマるきっかけとしてはありきたりなものですが、折しも実家に戻るつもりだった私にとっては、この動画が運命の出会いとなりました。

低音の、芯のある強い音。流れるような旋律。繊細で情緒的な、高音。三本の糸から奏でられる音の変化に、心が揺さぶられるのを感じました。

家で聴いていた三味線とは、別物でした。

後から分かったことですが、父が弾いていた三味線は、民謡の伴奏としての津軽三味線、そして秋田三味線であり、津軽三味線の醍醐味ともいえる「曲弾き」ではなかったのです。


実家に戻り、しばらくはハマって父からの指導を受けていましたが、バチの扱いにも慣れてきた頃、「曲弾き」をやりたいという欲求に駆られました。元々、曲弾きに心打たれて津軽三味線を再開したのですから、当然の流れでした。


父は、「俺は曲弾きは習っていないから、、曲弾きだけは別の先生に習っても良い。」と、どこかへ電話をかけ始めました。


そして、2013年、8月18日。

市内で行われていた民謡の大会に参加した際、伴奏者として来られていた先生へ、父が私を紹介しました。


先生は、柄まで鼈甲で出来たバチを使って、演奏されていました。とにかく、格好よかった。。



これが、福居慶大先生 との出会いです。



しばらくして

2013年、10月30日、水曜日。

福居先生との初稽古。


この日から徐々に、津軽三味線にのめりこんでいき、今に至ります。


私にとって津軽三味線は、

辛い時の支えであり、話し相手であり、そして、楽しさと自信と、人との繋がりをくれる、大切なものです。


最近はギターも触ったりしていますが、

きっと死ぬまで、離さないと思います。


これからも、よろしくね。





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